佐山雅弘の音楽旅日記

今回のニューヨークは二週間の滞在になるというので、アッパーウエストのコンドミニアムというのに初めて泊まってみたら、これが意外に居心地のいいものだった。要するに2DKでの一人暮らしなのだから、自炊、外食、掃除、練習etc、普段以上にマイペースで過ごしていて、外に出れば町はNYCなわけで、おまけに毎日午後にはAVATAR Studioつまり昔のPower StationにRecordingに行くというのだから贅沢な話である。

到着したその夜早速、現地co-ordinatorのポールさんたちと中華で会食。このポールさんと、その部下で直接我々の毎日を診てくれるmimiちゃんが実に仕事になる人たちで、やがてポンタの肺炎入院の手配から付き添いまで面倒をかけることになる。

“どうですか、部屋は、気に入りましたか”

“はい、とても清潔だし、町はきれいでしずかだし….”

“何か足りないものはありませんか”

こういう二重否定疑問文がさらりと出るっていうのは、もう日本人同士でしゃべっているものと思ってよろしい。そこで、
“部屋にピアノがありませんね”と、ジョークかましてみたら、ちょっと焦ったような、何を言うかこの人は、みたいな感じだった時に気付くべきだったのに、追い打ちをかけるように“やっぱ、オレたちクラスになると…..”なんてちかごろ身内で流行ってるギャグなどしれっと言っちゃったものだから、ポールさん、directorの佐々木氏とごにょごにょした後、“digital pianoなら明日には手配できます”

いや、言ってみるもんである。確かに、今レコーディング、村田の7拍子を始め、ポンタの15分メドレー拍子変わりまくりから、同じくポンタアイデアの、“和歌”と称する5拍子と7拍子がランダムに出てくるのまで、日毎の録音に合わせた予習も必要ではあるし、日本に帰ったらすぐに小原孝氏とのデュオコンサートの中にクラシックものもあることとて、ながらくやってなかった、“ピアノをさらう”と いうことに頭を痛めていたところに、なんともありがたい駒from瓢箪であった。こんな時キリスト教徒なら神を讃えるんだろうが、おれは直接、人に感謝しようと思う。

海を超えなくても、大阪人のキツめのjoke、特にツッコミ系は、東京、東北人にはわかりにくいし、ダウンタウンにオレでも眉をひそめるごとく、誤解の元である。気をつけたいものである。忘れがちなことである。特に盛り上がっている時にツルッと口を滑らせてすぐに“シマッタ”なんてことがよくある。あとのまつりである。心がけなんてムダなのである。そういう人生なのである。トホホ…….。

エピソード

今は昔、吉祥寺のサムタイムにその日出番ピアニストの関根敏之が似合わぬ帽子をかぶって楽屋に入った。襟足が刈り上がっているので妙に思ったベースの成田がパッと脱がせると、なんと丸坊主ではないか。いかなる心境の変化であることかと問いただすのに、おずおず答えることには…………..

昨晩、というよりは、いつもの如く明け方に帰宅してバッタリ寝床にはいり、即、高鼾のところを揺り起こされ、シャツについた口紅は何事かと、詰め寄られるのに 対し、普段なら気の利いたジョークででも切り返すのだが、酔っ払ってもいるし、(まぁそんなことするぐらいだから)その同居人と近ごろうまくいってない忿懣も手伝って、つい、売り言葉に買い言葉とあいなったそうな。

言いたいことを言うだけ言って、気もちよくグッスリ眠った明くる昼、どうも頭がごわごわすると思ったら、鏡を見て驚いた。なんと!頭部全般にもりもりと豊かに鳥の羽をつけた、奇人鳥男に変身しているではないか!件の同居人は仕事に出ていて留守だが、どうやらアロンアルファをぐにぐにと髪の毛にまぶしておいて、羽枕で頭といわず顔をも問わずばしばし殴りまくったものと推測され、それが証拠に顔全体がちりちり痛んだそうな。

その夜ステージにこのまま出ると、そりゃまあ受けるだろうけど、そこは思い直して馴染みの美容院へ毛布をかぶって向かった。

“実はさぁ”と、頭をあらわにした日には、平日の午後にたむろなさる系のマダムたちや従業員一同、店内大爆笑になり、“こんなに受けるんだったらやっぱりステージにでるんだった………”

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