ルッツ、リハーサルレポート

2016年7月25日
ルッツ、リハーサルレポート

 1週間の寺井尚子グループツアーを妖怪ジャズフェスティバルで終えた翌日の帰り道にミューザ川崎に寄った。2016/7/24。来週のコンサート<7/29(金)>に向けてルドルフ・ルッツがオルガン調整をしているのだ。再会を喜び合ってコンサートメニューの打ち合わせ等していると、音を出しても良いと言ってもらえたので早速お手合わせ。想像以上に面白く、素晴らしい。
M1 バッハのプレリュードにグノーがメロディを乗せた“アベマリア”。ピアノのアルペジオにオルガンのメロディがミューザに響くと天上の世界が広がる。カデンツを入れてピアノソロをしていると、すかさずルディがピアノに回り込んで伴奏してくれる。伴奏と言ってもベースランニングあり、サンバパターンありの煽り系。しっかりインタープレイをしてエンディング。自由度の高い楽しいコラボの世界にいきなり入る。
M2 はルディのソロでバッハのプレリュードをいくつか。それに続いての僕のソロが
M3 ガーシュインの“三つのプレリュード”。これはこのたびのコンサートに向けてルディが提案してくれた。それまで僕は弾いてなかった(避けていた)ので尻込みしたのだが、新旧、独米のプレリュード対比は面白かろうと、このところずっと練習していた。やっと暗譜して鼻歌のようにメロディが口を衝いて出る程度にはなっている。とはいえ、ここまでの段階に若い時より随分時間がかかるようになったことは潔く受け止めよう。そして最後のヤスリがけが残された3〜4日の課題。
M4 モーツァルト“魔笛”。二人それぞれのジャンルのオペラをお互いにメドレーアレンジして演奏しよう、とこれもルディの提案。メールには“Magic Flute”とあって、僕は何のことだか分からず、プロデューサーに聞いて、あの”魔笛”だと知るような始末。「魔笛の中で名曲は多いけれども、これとこれは出てくるでしょうね」と知恵も授かった所でYou Tubeを観てみる。あるんですね!2時間もののオペラ全編がYou Tubeの中に。
今まで何度かトライして見通せなかったのだが、自分がステージに掛けるとなると流石に集中力が出たようで随分楽しめた。実は面白いストーリーと散りばめられた名曲の数々。歌手それぞれのパートをフィーチュアした聞かせどころも満載の、実に良くできた作品であることをやっと認識しました。誰に向かってかは謎だけど、すみませんでしたという気持ち。フーガが1曲あって、このスコアが素晴らしい。バッハがちょうど良い年数分プログレスした感じ。バッハ<モーツァルト<ベートーベンと数式で表してよいものかどうかはともかく、このフーガを演奏するバッハの大家、ルッツさんが凄い。僕がピアノで浚ってみてとても弾けなかった各声部がくっきり。特に低音のパッセージの左足!僕は中盤でオルガンの所へ行き、鍵盤の一つだけを使って歌のパートを弾くのだが(オルガンの連弾!)隣のルッツさん、優雅な音楽とは真逆に相当忙しい指と足、そしてスイッチング。“白鳥の足”ですね。水面下は大変。
長いオペラからの的確な抜粋と繋ぎ部分の書き下ろしスコアが絶妙なのだが、そこはクラシックの人なので、コードネームではなく全部音符で書いてある。これが僕には一苦労。コードネームをルビを振るようにつけてゆく。そして、モーツァルトの音符は何故か緊張するのです。ドレミファソ、とかソドミ、とか、単純な音符や和音に全部深い意味が付いている(無駄な音がない)ので、極度に試されている気がするのですね。大抵のことには諦めは付いているのだが、この“モーツァルトに対する諦めの悪さ”はどこから来るのだろう?考察するに興味深いテーマではあります。

2部の1曲目がガーシュイン。“ポギーとベス”メドレー。これは僕のアレンジ、気合いが入った。昔どこかでサミーデイビスJrがスポーティンライフを演じているバージョンを観て感激したのを覚えているので探してみたが、遺族の意向でお蔵入りになっているとのこと。残念である。図書館で借りた別バージョンも素晴らしかったが、クラシック色が強い。映画“アメリカ交響楽”(ガーシュインの伝記モノ)でも「ポピュラー音楽家が立派にクラシック界でも認められました」みたいなハッピーエンドで、その価値観にちと違和感を覚えているのだが、それとは逆の立ち位置で、遺族の方々はジャズ色の濃い配役や演出に不満だったのかも知れない。ま、こういうことには深入りしないが肝心。
元のスコアの“Summer Time”で始まり(映画もサマータイムから始まる)I got plenty o’ nuttin に繋げて、“I loves you Porgy”はビルエバンスバージョン。My man’s gone now をオルガンでおごそかに始めた後ジャズワルツ(元にはない)。Bess you is my woman をボサノバでアドリブした後に、マイルス〜ギルエバンスバージョンの“Summer Time”で終わる。資料を見聞きするのに充分時間を割いて、その上で自分の好きな曲を好きなように組み合わせる編曲期間はとても贅沢な時間だった。
音楽プロデューサーの濱田さんが手掛けたミシェルルグランの自伝を頂いて読み込んでいた時期と重なったのも良かった。素晴らしい本で、エピソードに出てくる色んな曲を聴いてから次へ読み進むので結構時間がかかったが、知らなかった名曲をいっぱい学べたし、音楽を続けることに勇気をもらえた。映画はさすがにフォロー出来ず、メモ書きして宿題にしてある。いつかオタク期間を設けてカウチポテトする日が楽しみ。

そしてプログラムの最後が“Rhapsody in Blue”。
「僕がオケパートを弾くから君は普段のようにソロパートを」というルディの提案。オルガンだとリズミックなタイムラグが多いのでピアノで、と仰っていたのを「オーケストラだけのシーンなど部分的にでも良いからオルガンのサウンドの中で弾いてみたい」とメールを返してそのまま今日を迎えてみると、なんと全パートオルガンでのアレンジをして来てくれていた。編曲も練習も大変だったろうと、頭が下がる。「オルガンを聞いてタイムをあわせると後取りの連続になるからSayaは好きに弾いて僕をリードしてくれ」と言う。思い切って彼の出すきっかけに乗った後はソロを弾くように自分のタイムで弾き続けると、あら不思議ピタリとオケが付いてくる。打鍵と出音のタイムラグの克服はオルガニストの初期的使命とは言え、アンサンブルでここまでリズミックに合わせられるのも、楽器自体の高い技術とジャズにまで精通しているセンスがあってのことだろう。にこやかでフレンドリィなお人柄を支えている限りない努力と惜しみない労力にリスペクトを新たにした素晴らしいリハーサルだった。夕食は食べ損ねたけど。

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