M19,20

2016年3月4日
M19,20

M19 ライフイズミュージカル/歌っちゃおう
ダンスナンバー。グランドワルツで始まって、ジャズワルツのギターソロからブレイクのあるドラムソロ。ここは北村さんを中心としたタップを想定して作ったのだが、それとは異なった面白さになった。
スイングに代わる所で投げキッス。この場面、各人各様でとても好きです。ピアノのピックアップでタンゴに。
“浮気”の曲をもじっている。この部分の最後に「パヤ・パヤパヤ」とあるのは勿論、「ザ・ピーナッツ」ないし宮川泰さんへのオマージュ。M8の“ピーナッツ”の歌のエンディングにこのフレーズを当初入れていた流れで組み込んだ。元歌から消えて、オムニバスにだけ残った、というレアケース。
そして終盤の盛り上がりはサンバ。伝説の日劇レビューの定番は“ピーナッツベンダー”だったというエピソードを意識した。サンバ特有のパンデーロ(タンバリンに似たブラジル打楽器)のナマったパターンを仙波清彦師匠がスネアドラムで見事に表現している。訛、というにはあまりに見事。譜面には書き表せないが、正確でコンスタント(何度でも同じことが出来る)と言う意味では、きっちりと音符、なんである。世界一なんである。
色んな局面で時折盛り込む倍テンポフレーズや、2拍3連のシンバルワークも、何気ないようでおそろしく緻密な音符。笑いながら背筋がぞっとすることが何度もある。
伝統的にしてグローバル。“尊敬を基にした模倣“にしてオリジナル。エレガントにしてコケティッシュなんである。
八方美人的器用さではなく、どっしりとぶれない中心点からの、断絶のない芸域の広がりなのだろう。その中心点が邦楽である、とも速断出来ない所がまた奥深い。
最後に「ヤァ!」というかけ声で終わるのは清美先生のアイデア。宝塚と名倉ダンススタジオで僕は馴染んだのだが、あれはあれでアメリカンミュージカルからの輸入なんだろうか?と話題にしてみた。アメリカにもあるが、ミュージカルというよりはレビューの定番。ヨーロッパものに多く見るから、パリのムーランルージュあたりが発祥かも知れない、とのこと。

M20 未来をおそれず
僕から鈴木さんに提示したもう一つの曲。
“五つの銅貨”に出てくる三重唱に昔から憧れていた。色んな形で演奏もしていたが、いつかこういうのを作りたいと思っていた。“五つの銅貨”のほうは、“Five Pennies”“Lullaby of Rag Time”“Sleep Tight”の3曲がそれぞれ独立した場面で歌われ、最後に同時に歌われる。主演のダニーケイの奥様が作曲家で、その人の作品。
島田歌穂さん主演の“葉っぱのフレディ”で島健さんがいい感じの3重唱を作っていたのを見て「いいなぁ」と思っていた。
メインテーマの“恋と音楽“を稲垣さんの音域に設定しておいてから、合間を縫ったメロディを真飛さんに合わせた音域で作る。これが,
”眠るあなたのそばで・・・“になる。その二つのメロディを縫うように第三のメロディ、これは音域・声域を勘定に入れている余裕はなく作る。”せかいがー“という歌詞がついた。
それぞれの曲にハマる歌詞も良いが、麗子ソロ→修司ソロ→5人で二重唱→全員で三重唱(ここでの牟田・花子が”僕らの愛は永遠”と微笑みかわして歌うのが素敵)→麗子・修司の二重唱、という構成が絶妙。勿論作詞家の指示。歌詞、歌手の割り振り、組み合わせ、構成。どういう順番で考えていくのだろう?人のアタマを勝ち割ってみたいと思うのはこういう時ですね。
“恋と音楽”という言葉を“君と音楽”と変えるだけでこんなにも世界観が変わるのか、と今更ながら言葉の力に呆然とする。
言いたいことと同量あるいはそれ以上の違う意味を含んでしまう“言葉”というものを僕は信用しないのだが、こういうマジックを目の当たりにすると「言葉」というのもあながち悪くない、と思えますね。
とはいえ歌は音楽と文学の両立。言葉に寄りすぎている歌や歌唱には未だに馴染めない(といいながらフォークソングやジャパニーズシャンソンが大好きだったりするのだが)。その点“恋と音楽シリーズ”はうまくいってると思う。日本語のまま海外で上演しても通じるんじゃないか。僕が英語がさっぱりわからない頃から“五つの銅貨”の三重唱に感動したように色んな国の人々に聴いて、観てもらえたら素敵だろうな。

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