佐山雅弘の音楽旅日記

毎日来る駅前の見慣れた川に架かった、いつも通る橋に立っているのに、どうも様子が変だ。煤煙と太陽で妙な具合に赤み掛かりの青黒い空が高架線路と駅ビルで区切られた構図は同じだけれど、橋はコンクリ~トに変ってるし、路面電車は走っていないし、FM局のプレハブが建ってるし、、、、そうか、夢の中で未来に来てるんだ。35年後?街は新しっぽくきれいにはなっているが、子供も大人も、どことなく油断した顔つきで歩く様子は変わらないものなんだなぁ。工業地帯でベッドタウン、公営ギャンブルで潤ってはいるが当然ダ~クサイドもついてまわる地方都市、、、、、だもんな。都会型田舎臭とでもいうのかね。

親父に連れられて初めてトンカツ屋っていうのに感激した、ガ~ド下の“たちばな”は見当たらなくて残念だけど、駅構内のショッピング街“尼專”は健在なようだ。“駅から0分のお買い物“っていうのがキャッチコピ~だけど、0分っていうのはイコ~ル0秒でもあるんだから、一分以内という意味にはならないので変な言い回しだなぁと、毎回思ってたもんだ、、、、、あれっ、それって過去形?つまり今のオレは、未来という夢の中で遊んでるのではなくて、本当に35年経ったオレなのか?ちょっと待って、、、、、クラクラ、、、、除々に思い出してゆく、、、、ウインドウに映っているのはトランクに腰をおろして青くうなだれてるオッサン、こりゃオレだ。

何とか現実認識は取り戻したつもりだったが、阪神電車で、尼崎~出屋敷~センタープール前~鳴尾と、西宮市の入り口に着くまで妙な違和感は消えなかった。

周りがどんどん就職していくがオイラはどうしようかなぁ、と思ってる大学生になってる夢などはしょっちゅう見るのだが、自分の現実が過去の自分の夢の中っていう感じは新鮮ながらもちょっと怖いものである。

高校時代のジャズ仲間が、アロージャズオーケストラという日本でも有数のバンドのマネージャーになっていて、そのゲストに呼ばれて出演したのは京都だったのだが事務所その他が尼崎のことでもあり、35年振りに故郷に枕した翌朝、淡路島におけるラサール石井氏との公演の為、電車を乗り継ぐ間の白昼夢でありました。

エピソード-10

小津昌彦(ドラマー、故人、生きていれば60歳)が青雲の志を抱いて東京にでて来た。既に東京芸大を出て注目されていた渋谷毅(ピアニスト)に連れられて当時まだ珍しかった焼き肉屋につれていってもらった。渋谷氏は吃音の癖があった。“カ、カ、カ、カルビとォ、タ、タ、タン、あと、ごはんものはァ”と、ここだけはどもらずに“ビビンバください”。そして“オ、オ、小津君、ナ、何にする?”と聞くのを受けて、日本一の肉の本場松坂の出身だからステーキはよく知っていても韓国風には全く不慣れ、おまけに東京弁にもまだ馴染んでいない小津青年は質問するもままならず、内容がわかないながらも、無難にご飯ものにしようと思い、“じゃあ僕もそのビンバください”

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