「取りにくいリズム」下 ラテン
2015年5月29日
「取りにくいリズム」下 ラテン
身辺雑記
4週間飲んで2週間休む、という抗癌剤治療をしている。放射線でも点滴でもなく”Ts1”という錠剤を1日2回飲む。こないだ飲み終わって体調があがって来たな、と昨日思って今日定期検診に行ったらば”明日からまた4週間ですね”。もう2週間経ったのか!?
舌先の炎症と臀部のおできで辛かった先週末を乗り越えて食欲も少し戻ったと思ったのに残念だ。
最近読んだ”薬が人を殺してる”という面白い本。最後まで奥歯にものの挟まった感じが抜けないのは、言い切りたいけど言っちゃうと問題になる(医療コングロマリットや放射能。原発ムラや、それに勝るとも劣らない医療ムラ。いずれも利益を受ける立場の人は被害も受けない仕組み←僕の想像)に抵触するからだろう。そんなことを考えながら行間を読んでいくのがスリリング。
その内容。
医者から渡されるのは、効果がないどころか投与することによって予防しようとするまさにその病気を誘発している薬ばかりだと言う。その中でも3大悪薬は”ワクチン””精神薬””抗がん剤”。
抗癌剤にはもともと賛否こもごもあることは知っていて微妙なのだが、死んじゃうところを手術で助けてもらった医者の勧めることだから、この項目に関しては一年間(術後一年の11月4日まで)は従う。
その他に”社会毒”というのがあって、砂糖やショートニング、食品添加物(世界一に近く規制が緩いらしい)、界面活性剤、などなど排除したら暮らせないだろう、というくらい羅列。丁寧に説明もされていて納得する。
体に備わっているデトックス作用を増幅するべく”汗をかけ”だそうだ。排尿・排便が基本デトックス(排毒)なのだが、今日の社会毒はそれだけではだめで汗の成分のほうに、より吸い寄せられて出て行くのだそうだ。低温サウナとか長湯とか。
酒・タバコを禁じた生活の中でビスケットやチョコレート、餡子ものをがぶがぶ食していたが、ちょっと気をつけてみよう。ある種の中毒症状(中毒対象の変換)だったかもしれない。
さて今日はリズム遍歴はお休み。リズムに関する最終回。
実は書き溜めておいたものが今回で終わる。リズム遍歴の続きを綴るのが楽しみです。
「取りにくいリズム」下 ラテン
演奏上のコツ
ブラジリアンサンバではスルド、キューバンラテンではクラーベに乗っかること。そうしているとまずハズすことはない。・・・がしかし!
それで楽しいかと言うとそんなことはなくて、仕事を無難にこなした、くらいの後味しか残らない。
やはり自分からリズムを出してみんなと和合していくところに醍醐味があるのだから、ズレようがハズそうがどんどんプレイして、ずっとやってるうちには自然に合ってくるもんだ、という状況が最も楽しく正しい。
「エンジンに乗っかるのが上手なんじゃなくて、全員が!セッションしているミュージシャン全員が強力なエンジン。それが徐々に合わさって、全体で回転いく様といったらもう!」とは塩谷哲に聞いた話。小さくても非力でも良いからエンジンになろう。電池式くらいでも良いからエンジンから始めよう。
世間話:
戦後間もなくの時代はハワイアンだろうがタンゴだろうが“ジャズ”と呼ばれていた。洋楽一般に対する用語がジャズだったわけだ。深読みすれば、あらゆるジャンルの要素を取り入れて自身を変貌させていくジャズの本質を図らずも言い当てていたことになるが、それは牽強付会と言うもの。
僕の青春時代、ジャズにおけるラテンビートというのは、ブラジルもキューバもアフリカもなかった。強いていえばアフリカンなポリリズム。6/8と4/4の並立した状態。
フュージョン時代が次第に進むにつれ、NYでキューバンムーブメントに火がついて、「そのパターンだとサンバになっちゃう。カリビアンな雰囲気はこちらのパターンが基本」なんてことが取りざたされ(松岡直也〜高橋ゲタオなどの功績が大きい)ジャズメンも区別の把握を迫られることになり戸惑ったものである。未だに戸惑っていたりする。
ジャズ界での幼馴染み、津垣博通があるとき以後松岡さんやゲタオ君にハマってラテン活動が多くなった。というかメインになっていた。その頃セッションを聞きにいって驚いた。メトロノーム100あるかないかくらいのミディアムというかラテンではスローに入るだろうテンポで延々とモントオゥーノを聞かされているうちに、腰がうねり出して、得も云えぬ心地よさ。ある種のセクシャルな心地になってくるのだ。「このテンポでグルーブが出せるのはモノホンだ!」と感動とともに友の獲得した境地に祝杯をあげたい気持ちになった。音楽のくれる幸せである。