鶴谷智生の湯船

2015年9月18日
鶴谷智生の湯船

教え:変わらず丁寧に、ひたすら正確に。
これは“お言葉”として教わったのではなく、数多いセッション、歌伴(主に南佳孝)を通じてある日、ハタと気づいたこと。
大坂昌彦・沼沢尚・鶴谷智生。この3人が同世代3巨頭だと僕は常々思っている(ジャズ界に小山太郎・奥平真吾というこれまた良いドラマーもいるのだが一応ジャズ代表と言うことで)。
大坂君のアグレッシブさ、タカ君のスター性に比して鶴谷君はひたすらスムーズなバックグラウンドを作り続ける。
あるボサノバの曲で“どうも風呂に入ってるようにゆったりとして気持ちが良いなぁ”と思ってふとドラムの方を見たらなんと!綺麗なボサノバパターンを刻み出しながら左手のブラシでずっと32分音符をピアニシモで叩いて(撫でて?擦って?)いるのだ。この隠し味にはゾーッとした。ピアニシモで延々同じ音量、同じタッチ音色感を続けると言うのは全ての楽器に於いて最も高い技術を必要とするところ。そのさりげなさがたまらなくカッコ良い。
普通のドラマーになかなか出来そうで出来なくて、この3巨頭に共通する点がある。これは一世代上の村上氏や山木氏、桑田バンドのカースケさんにも通じるのだが、“次の音を呼び込むプレイ”という点。ダウンビートのシンバルでなく、段落最後のスネアドラム、ちょっとしたハイハットプレイで次に移りやすいだけでなく、続く場面の色あい、意味合いまで導き出すのだ。音程も和音も無い楽器に何故それが出来るのか。音楽性と言うものは道具を飛び越えて競ってく緑を持つのだろう。

“どんなもんだ!”というそぶりも見せずに(ソロも素晴らしいが)歌やソロ楽器の後ろで“いつも変わらず丁寧に、ひたすら正確に”独自のアイデアを常に入れながら淡々とプレイする姿勢は手を合わせたくなる神々しさに満ちている。が、かしこまる必要は無く、ただただ気持ちよい、やり易いんである。
また、鶴谷湯船にどっぷり浸かりたい。何度でも。何時間でも。

リズム感獲得個人史はこれで終わりです。
エピソードをランダムに番外編を、近々書きたいと思っているのですが、これから少々忙しくなるので、ブログは暫く休みます。
だめか?
身辺雑記で良いから続けていないと、突然書きたいことを書いても見てはもらえないのかな?
ご意見あればお願いします。

スタンダードとオリジナル交互のソロピアノユーチューブアップ、というのも考えて入るのです。ブログはそれについての解説やコメント、というのも面白そうかな、と。

とはいえそれはそれでいくつかのストックを先ず作ってから始めないとね。yはり暫く休みかな?

来週はその辺の所を結論づけてアップします。

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